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宮崎地方裁判所都城支部 昭和28年(ワ)76号 判決 1955年6月15日

原告 泥谷春祐

被告 泥谷政助

主文

被告は原告に対し金三万九千八百五十七円およびこれに対する昭和二十八年八月二十九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し各その一の負担とする。

この判決は原告において金一万五千円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金四十一万九千百五十円およびこれに対する昭和二十八年八月二十九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、西諸県郡高原町大字広原一五〇番地内の杉四本、檜一本、梅一本の立木は、原告の父泥谷林之助が右所有地内に植えたものであつて、大正十一年五月八日同人の隠居により長男泥谷熊之助が家督相続によつてその所有権を取得し、同人は大正十四年頃これを原告に贈与したものであつて、原告の所有である。ところが被告は不法にも昭和二十七年二月六日右立木の杉、檜を、同月八日同じく梅を伐採してしまつた、それで被告は原告に対しこれに因て生じた損害を賠償する義務がある、そして右立木のうち杉四本、檜一本の伐採時の樹齢はいずれも五十九年であつて、特別の事情がない限り樹齢百年を保ち得るところ、樹齢百年における価格を時価に換算すると金一万一千円であるから、これから伐採時の時価金七千二百五十円を差引いた金三千七百五十円が被告の不法行為に因て原告の喪失した得べかりし利益である、又梅一本の樹齢は四十四年であつて、特別の事情のない限り今後五十年間は結実可能であり、一年間の結実量は平均二斗でその収益は金三百八円、今後五十年間における収益は合計金一万五千四百円であつて原告は同額の得べかりし利益を喪失した、つぎに右立木の杉、檜六十年前の台風によつて前記地内にあつた家屋が傾斜損壊したので、原告の父泥谷林之助が家屋保護のために防風林として植えたものである、これによつて原告は毎年の台風に対しても何ら損害を受けることなく、安心して生活して来たのであるが、被告の不法行為によつて、今後四十年間は台風の不安にさらされることになつて、精神上非常な苦痛を蒙るのであるから被告はこの精神上の損害をも賠償する義務がある、そしてその額は金四十万円をもつて相当とする、それで原告は被告に対し以上合計金四十一万九千百五十円およびこれに対する訴状送達の翌日(昭和二十八年八月二十九日)から支払済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告の主張を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の事実のうち被告が原告主張の立木を伐採したことを認め、その余の事実は全部これを否認し、抗弁として、被告は右立木を自分の所有であると信じて伐採したものであると主張した。<立証省略>

理由

被告が昭和二十七年二月六日、八日の両日に西諸県郡高原町大字広原一五〇番地内の杉四本、檜一本、梅一本の立木(以下本件立木という)を伐採したことは当事者間に争がない。

被告は本件立木が被告の所有であると信じて伐採したものであると主張するから、(一)まずその所有権について判断する、成立に争のない甲第三号証の一ないし四、六、七、九、ないし一一、証人巣山権太郎、同前野相吉、同有馬長常、同川野進、同安藤邦彦並に原告本人の各供述および検証の結果を考え合せると、(イ)前記広原一五〇番地の土地およびその地上の住家はもと原被告の父亡泥谷林之助の所有であつたが約五十年前の台風でその住家が傾斜損壊したので、同人はその住家の防風林として本件立木の杉、檜を植えたこと、また同所に本件立木の梅一本が自然に生立したこと、(ロ)当時は現在の水路(検証調書図面ろ-ほ)の部分は右土地の一部で畑になつていたが、ここに木を植えるとその根が畑の中までのびて始末が悪いので林之助は防風林が水路の外側になるようにするため水路を現在の線(検証調書図面ろ-ほ)に変更して、旧水路を埋立てた跡に植えたものである、そしてこの水路の変更については部落区長の承認を得ており、本件立木のあつた部分は前記の畑の換地に当るので部落でも林之助の所有とみなして来たこと、(ハ)泥谷林之助はかねてこの土地および住家を原告に与える考えであつたか、大正十一年五月隠居したため一応長男の泥谷熊之助の名義になつていた、それで熊之助は亡父の意思に従いこれを原告に贈与し、その後所有権移転登記を了したものである、従つて本件立木のあつた部分の土地は原告の所有であること、(ニ)本件立木の梅一本は同所に自然に生立したものであつて、右の杉、檜と同様に原告の所有になつたこと、がそれぞれ認められる。このように本件立木は原告の所有地内に、その住家の防風林として植えられ又は同地内に自然に生立したものであり、他に反対の事由がないから、原告の所有であると認めるのが相当である。乙第一号証は甲第三号証に照らし信じかねるところであり、仮りに被告が父林之助の植えるのを手伝つたものであるとしても、これによつて本件立木が住家とは別に被告の所有になつたものということはできない。(ホ)つぎに被告の責任について判断する。乙第一号証および証人安藤邦彦の供述によれば、原告は被告が本件立木の伐採にとりかかつた際、伐採に来た安藤邦彦に対して本件立木が原告の所有であることを告げて警告したので同人は一旦伐採を中止して引上げたにもかかわらず、その数日後、原告の不在中に被告は再び同人をして伐採させたことが認められる。このように所有権について争がある場合には、被告としては事前にこれを確かめるため相当の方法をとるべきであるから、何らその方法を講ずることなしに、しいて伐採した以上、被告は少くとも過失の責を免れないものといわなければならない。もつとも甲第三号証の三、七乙第一号証によれば、被告は数年来本件立木の梅の果実を収取して来たことが認められるけれども、右甲号証によれば、このことについて原被告の長兄熊之助は被告に対して注意を促したことがありまた原告は争になることを恐れてしいて咎め立てしなかつたものであることが認められるから、右のような事実があつても被告が本件立木を自己の所有であると信ずる相当な理由にはならない。このように被告は少くとも過失によつて原告所有の本件立木を伐採したものであつて、その他の全証拠によつてもこれを覆すに足る資料はないから、被告は原告に対し因て生じた損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

次に損害額を算定する。(イ)本件立木の杉四本、檜一本の損害額。およそ防風林は一般の立木と違い、伐採期が到来しても生立している限りは伐採しないのが普通であるから、特別の事情がない限り、その伐採による損害額は、生立の最終における立木の、伐採時における時価によつて算定するのが相当である。

そしてこの価格は特別の事情により生じた損害であるから、伐採当時防風林であることを予見していたことが必要である。前掲の各証拠によれば、右杉、檜が防風林であつて、被告がこれを知つていたこと、また伐木はすでに原告において取り戻していることが認められるから、他に反対の事由の認められない本件において、右杉四本檜一本の伐採による損害額は、甲第三号証の五、八により認め得る伐採時からなお四十一年存立すべきこと、生立の最終における立木の伐採時における時価は一万一千円であること、立木の伐採時における時価は金七千二百五十円であることから算出すると金三千七百五十円となる。原告は右金額を一時に支払を受くることになるから中間利益を差引くべく、判決時からの存立年数三十八年、法定利率を年五分としてホフマン式算定法により算出した金一千二百九十六円が被告の支払うべき損害額となる。(ロ)本件立木梅一本の損害額。甲第三号証の五によれば、右梅立木は伐採時からなお五十年間は結実可能であつて、梅果実一年平均二斗、時価金三百八円、その合計は金一万五千四百円となるから右(イ)と同様ホフマン式算定法により判決時から四十七年間の法定利率年五分の中間利益を差引くと、金七千三百三十七円、これに伐採時から判決までの三年分金一千二百二十四円を加えた金八千五百六十一円が被告の支払うべき損害額となる。(ハ)慰藉料。本件立木の伐採により原告が精神的に苦痛を蒙つたことが察せられ、この苦痛は本件立木の損害を以ては充分に補填されないものと認められるところ、弁論の全趣旨により認め得る原告の住宅の位置、構造、その周辺の地形並に樹木の状況、本件立木の年数、代りに植えた木の生長に要する年数、伐採のいきさつおよび原被告の生活程度等を考え合せ、その慰藉料額は金三万円を以て相当と認める。原告は慰藉料として金四十万円を請求するけれども、検証の結果によれば、本件立木が防風林として価値があつたことは窺い得るところであるけれども、現状においては原告の住家の周辺には相当の樹木が繁つておつて、本件立木がなければ危険を感ずるという程のものではないことが認められるから、現に住家が損壊したというのであれば格別、右の金額は失当というの外はないから、その金額を認容することはできない。

それで原告の請求は右(イ)(ロ)(ハ)の合計金三万九千八百五十七円およびこれに対する主文記載の損害金の範囲においてこれを相当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 井上藤市)

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